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2014年のソチ・オリンピックのフィギュアスケートで団体・個人で銀メダルを取ったパトリック・チャン選手。日本の羽生選手とのメダル争いは人々の記憶に残っていますね。

彼の「チャン」という苗字から中国系?という想像をする人は少なくないと思います。

ソチ・オリンピック後で引退するという噂も出ていましたね。

そしてそのソチ・オリンピックでの彼の原動力となったのが彼女の存在だったという話もありました。

そのあたり、気になったので調べてみました。

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パトリックチャンのプロフィール

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1990年3月、カナダ・オタワで生まれたパトリック選手。父母ともに香港からの移民で、父親は元卓球の選手でしたが今はケベックで卓球のコーチをされています。

カナダは英語とフランス語が公用語であったのでこの2つの言語をこなし、さらに自宅では両親が広東語を話していたため3つの言語が話せます。そして特技はピアノとの情報もあります。

そんな芸術的なパトリック選手、5歳からフィギュアスケートを教わりました。が、きっかけはアイスホッケーをするスキルを磨くために始めたスケート。教わるうちにフィギュアの楽しさにのめりこんだとのことです。

2006年までコーチをしてもらっていたオズボーン・コルソン氏が90歳で亡くなったのを機にドン・ロウズコーチのもと、フロリダに拠点を移してスケートの技術を磨いていました。

その後コーチが何人か替わりカナダに拠点を戻して表現力やスキルを磨きながらだんだんとタイトルをとり、ついにソチで銀メダルに輝きました。

 

引退の時期

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バンクーバーオリンピックの後も引退表明を出していたのですがその時は引退はせずに大学進学しながらもスケートの練習をしていました。

そしてその大学進学を勧めたのが彼女だったというのです。というのもパトリック選手は当時アメリカの大学、彼女はカナダ・カルガリーに住んでいたため遠距離恋愛という状態でした。遠距離恋愛だとなかなか会えないものですよね(泣)

そんなパトリック選手に対して彼女は「今、しなければいけない優先順位」をはっきりさせてパトリック選手の学業を応援したというのです。

見事に大学を卒業したパトリック選手、ソチオリンピックの銀メダルタイトルもしっかり手に入れた後は休業宣言をしました。

引退?と世間では思いましたがオリンピックで精神的にも疲れてしまったため心身ともにしっかると休養をしたかったようです。浅田 真央選手も休養宣言をしましたよね…。

しかもパトリック選手の場合、カナダでも金メダル候補というプレッシャーがあった中での銀メダルだったためカナダのメディアの対応はシビアなものでした。そんな中での休養宣言は必要かもしれませんね。

右目が上に動かないという眼球運動障害という病気を抱えていますが今のところは病気を克服ているようです。

気になる休養後の彼の動向ですが、「まだ競技に対する意欲がある」というコメントで次のピョンチャン・オリンピックに向けて頑張るようですので引退はしばらく無さそうです。

今度こそ、ピョンチャンで金メダルを取りたい!と臨んでいるパトリック選手。

ソチオリンピックで見せてくれたように羽生選手との華麗な技のバトルをまた見たいですね。

 

 

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